父の行きつけ“七曜”25年間思い出をありがとう。

世界を摘め。篠崎卓也です。

日々、兵庫県川西市より愛を込めて美容情報とその他もろもろの発信に努めております。

 

今日は休日。昨晩より実家へ帰省中。

今朝、母親より衝撃の事実が伝えられた。

 

「七曜閉店したんだって」

 

え?マジで?

 

【七曜(しちよう)】…実家より徒歩40秒でたどり着く小料理屋。

多分、僕が小学生の頃からやってるから25年くらいになるのかな。

小料理屋とスナックを夫婦で経営されてたんだけど、小学生の頃初めて行ったのを今でも覚えてる。

スナック“由里”

夜も遅くに酔っ払った父を迎えに、恐る恐る扉を開ける。店内は暗く怪しい雰囲気。それだけで大冒険だった。

迎えに行ってそのまま帰るのがほとんどだったが、飲んで上機嫌な父は、たまに「何か飲んで行くか?」と店内へ招き入れる。

テーブル席とカウンターのよくあるスナック。

「コーラは骨が溶ける」と小学生の頃は母親に止められていたが、ここぞとばかりにコーラが飲めるからスナックは好きだった。

今の子は知らないであろう、でっかいでっかいディスクを入れ替えて使う“レーザーディスクカラオケ”がある。

僕のスナックデビューは小3。“コーラ”と“BLOWIN’/B’z”。

歌い終わるとスナックのママ“由里さん”は、いつもベタ褒めしてくれる。それが最高に気持ちいいのだ。

父親がしょっちゅう通うのも頷ける。これが男を惹き付ける技か。

興が乗ってくると父親も歌い出す。

“恋/松山千春”

父親はこれをよく歌う。

多分貴方は いつもの店で

酒を飲んで くだをまいて

幼心に、これは母親が思っているだろうと毎回思っていた。大体これを歌ってから帰る。

何か思うところがあったんだろうか。

だから僕は松山千春より、父親が歌う“恋”の方が思い出深いし好きだ。

七曜でご飯を食べて由里で歌う ハシゴを覚えたのもここが初めてである。

 

何かお祝い事があると七曜でお祝いをするという習わしも篠﨑家のルール。

兄貴の二十歳のお祝い、俺の時も弟の時も。

父親母親両方の祖父母も集まってのお祝い。

※写真は俺の二十歳の時かな

篠﨑家の”成人の儀”は、七曜でお酒を飲んで晴れて大人の仲間入り。

 

実家を出て、たまに帰省すると父親と飲みに行くのが通例だった。東京にいる弟が帰って来た時も然り。

仕事の話や昔の話、お酒の飲み方なんかも大体ここで教わる。

父親とは昔からあんまり話なんかしなかったから、七曜にいる時しか話さないけど、それくらいがいいしそれが楽しみだった。

 

行きつけの店

そんな響きがカッコイイ。俺もそんなお店を早く見つけたいと思ったのも父親の影響だろう。

 

 

そんな篠﨑家にとって思い出深い七曜が閉店した。

マスターのお嬢さんが住んでる所へ行くそうです。

 

その話を聞いてプラッと行ってみた。

 

お店の中の物を出して色々整理してた。

 

すごく寂しい思いと同時に、20年以上足繁く通っていた七曜を失った父親が心配になった。

マスターは、「早く買い手が見つかればいいなぁ」て言ってる。

僕も早く見つかればいいと思う。

しかも、マスターと同じくらい腕のいい料理人が入って、また小料理屋をオープンしてほしい。

 

“七曜ロス”の父親が、遠くで飲み歩かないように。

 

家には独り母親が待ってるから。

 

男はいつも 待たせるだけで

女はいつも 待ちくたびれて

それでもいいと なぐさめていた

それでも恋は恋

『恋/松山千春』

父の行きつけ“七曜”25年間思い出をありがとう。” に対して1件のコメントがあります。

  1. 友貴 より:

    七曜閉まったんやΣ(°ロ°;)もう一回行きたかったなー(T ^ T)

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