No Music No Life

以前のブログでちょっと出した『X JAPAN』

僕がROCKにのめり込むようになったきっかけがXの『Silent Jealousy』と言う曲なんですが・・・

 

初めて聞いたのが忘れもしません。小学校6年生の夏休みでした。その日は友人と地元の市民体育館で遊んでいた時でした。『Xって知ってる?かっこいい曲があるよ。』とウォークマンを取り出す友人。『最初は静かやけどビックリするよ』と前フリがありその後イヤホンを渡してもらった。

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ピアノのインストから始まるイントロを聞き終わり、終始ニヤニヤしている友人が気になっていた瞬間

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漫画BECKにてコユキが初めてダイイングブリードの曲を聴いた時の衝撃と多分同等

 

いや、ほんとに衝撃でした。

ちなみに初めて買ったCDは槇原敬之の「北風~君に届きますように~」と、洋楽はベンチャーズとカーペンターズ。POPS LIKEな僕には“衝撃”以外の何ものでもありませんでした。速攻CD買いに…

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Jelousy X(1991年)

Es Durのピアノ線/Silent Jealousy /Miscast/Desperate Angel /White Wind From Mr.Martin ~Pata’s Nap~/Voiceless Screaming /Stab Me In The Back/Love Replica/Joker/Say Anything

それからはホントに一日中、朝起きて学校行くまで、学校帰ってきてから寝るまで。寝ている間中ラジカセついている時もよくありました。父からは野球、コンピュータ以外にもギターも教わっていました。教わったというよりも、父の持っていたガットギターと使い古されたギター教本(昭和歌謡のコード本みたいなやつ)を勝手に拝借しただけなんですけど。運よくエレキギターも押し入れに保管されていたので、それからはアンプも無しに生音でひたすら練習してました。というよりエレキがどういったものかなんて当時理解していなかったので、上手くなれば勝手に歪む(ハードロック等で多用されるディストーションサウンド)と思ってました。

実際初めてアンプ通してエレキ弾いたのは中学三年生の頃。ギターの知識は全くない状態で昭和歌謡のコード本とメーカー不明の21フレットのエレキギターで、必死に練習してました。Xの曲やとフレット足りないんですが。

エレキの練習をしながらCD以外にもXが取り上げられている雑誌はほとんど買い漁ってましたね。当時は既に元ベーシストTAIJIは脱退し、X JAPANと改名していました。Xに纏わる全ての書物は読んだと思ってます。メンバーの事や自伝的なもの。特にYOSHIKI、HIDEが大好きでした。YOSHIKIに憧れてピアノとドラムを独学で勉強したのも、クラッシック聴くようになったのも、YOSHIKIになれると思ってたんでしょうね。中学の卒業文集にもミュージシャンになると書いてましたね。YOSHIKIやHIDEが過去に影響を受けた音楽など本で読めば直ぐに買いに行ってましたね。KISSやDeep Purple、Led Zeppelin、Van Halen・・・ちょうどその頃、部屋の一面がロックの伝道師達のポスターだらけになってました。

中学三年の頃、一つ年上の兄がいるんですけど、兄が高校入学のお祝いにギターとアンプを買ってもらってたんです。兄ももれなくXの虜になってたんですが、生意気にもHIDEとおんなじ形のMG(モッキンバード)買ってもらってました。兄のいない時にアンプ繋いでこっそり弾いてました。それから一年後、高校入試が終わり即行ギター買いに行きましたね。

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レスポールが好きなのと、当時はXから派生してLUNA SEAのINORANが好きやったので、Grass RootsのINORANモデルとMarshallの15Wくらいのアンプとしょーもないエフェクター買いました。一年間使ってどっか行きました。友達に貸したのか、売ったのか覚えていません・・・。兄とは基本仲悪かったくせに隣の部屋から音が聞こえてくるとユニゾンしてましたね。無言で。たぶん兄とのコミュニケーションそれだけかなってくらい仲悪かったと思います。

高2の5月GW前にHIDEが死にました。夕方の情報番組でニュースを観ました。それからはHIDEの曲ばっかり聞いてました。HIDEと同じタイプのMGも友人に売ってもらってしばらく使っていました。暇さえあればギター弾いてました。たぶんその頃くらいやったと思います、HIDEと同じように美容専門学校へ行こうと決めたの。YOSHIKIの次はHIDEになろうと思ってたんでしょうね。

中高生って楽器始める子とか多いじゃないですか?小学生からギター弾いてたんで割と同年代の中では弾けてた方やったんです。バンドの助っ人して欲しいとか。色々カン違いしやすい年頃でしたし調子乗ってたんでしょうね。今ではバカやったなと思いますね。自分は出来るのに人が出来ないのが凄くもどかしくって、1人で曲作ってドラムからベースから自分でアレンジ考えて、「はい。この通りやって」みたいな。スーパー自己中やったと思います。ドラムはリズムマシーンって言って、拍子事にひとつひとつ打ち込んで行くと、自分の思い描いたオカズやパターンを作れる便利な機械があって、それを買ってちまちま打ち込みしてましたね。ベースも自分で買ってMTRっていう多重録音機で1人でレコーディングごっこしてました。

1人で出来るしこれでいいやんって思ってたんですが、高3にあがる春休みに誘われたバンドがあったんです。ギターを担当している子が受験勉強に専念するからと言って抜けてしまったので、僕に声掛けてくれたんです。高1の時に1度一緒にやった事もあり、ドラムもベースもめっちゃ上手くてライブにも何度も見に行ってたので、ずっと一緒にしたいなぁって思ってたんです。向こうも僕と一緒にやりたいと思ってくれてたみたいで、すぐ参加することになりました。

例えば、こんなフレーズどおっ?て弾くと、ドラムもベースもすぐに拾ってくれて、それだけで凄く感動したのを覚えています。今まで1人でやってた事を、みんなであ~でもないこ~でもないって相談して、一つの曲を完成させたり、BANDの醍醐味みたいなんをその時初めて実感したと思います。自己中やった当時の僕はBANDから色んな事を教わりました。音楽のバックグラウンドも凄く広くて、その頃からより多くの音楽も聴くようになりました。この頃のメンバーとは今でも仲良しでよく髪切りに来てくれたり飲みに行ったりもしています。

そんなこんなで僕の学生時代は音楽一色でした。アルバイト代は全てスタジオ代、機材に突っ込んでました。

当時の美容業界は俗に言う“カリスマブーム”真っ只中で、「beautiful life」が放送されたのもこの頃でした。HIDEの影響で美容専門学校と言う進路を決めていた僕にとっても、将来への明るい判断材料になっていたと思います。でも美容師になると言うよりも、専門学校へ行くことで学生という大義を振りかざしBAND活動が出来る保証程度にしか考えていませんでしたが。

僕が美容業界へ足を踏み入れるきっかけになったお話。

 

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